LINE時代に必要な、コミュニケーションの本質とは何か?

部下や上司、パートナー、隣人、投資家やクライアントなど、コミュニケーションが旨くいかない事がありませんか?仕事で必要な「本当のコミュニケーション能力」はどの様に身につければ良いのでしょうか?

はじめに

働き方が変わる中で、遠隔コミュニケーションツールは益々便利になります。LINE, Slack,Skypeなどなど、クラウドサービスの繁栄はとどまる事を知りません。一方で、近接感のコミュニケーションにも、少し目をやってみましょう。  

  • どうも話が噛み合わない
  • 言うべき事を言えない
  • 伝えてたはずだが理解してもらえい

  この様な経験が誰しもあると思います。社会人になると色々なコミュニケーションエラーを体験します。本当に色々なケース、理由でエラーが生じています。コミュニケーションをミスってしまい、惜しい人材が退職につながってしまったり、損失を被ってしまったり。。。

 

退職の原因のほとんどが職場の人間関係だと言う統計もあり、職務内容よりも周囲の人間関係やコミュニケーションが重要になっています。 

 

特に日本では、給与、職位、環境など外部から与えられる外的報酬よりも、動機や自尊など内的報酬が大事とされる傾向にあります。殊更にコミュニケーションをとって周囲と旨くやる必要がありそうです。ある事例では、話がこじれた結果、訴訟になってしまったケースも耳にします。これもコミュニケーションの行き違いの最悪の事例の一つでしょう。    そうなる前に、未然に予防したいものです。

 

あるときバタフライボードのユーザーさんがこんな投稿をしてくださいました。  

 

 

これを読み、自分は今まで少し勘違いをしていて、コミュニケーションを再考する必要があるのかもしれないと思い立ちました。コミュニケーションはこちらの意図している事を適切に伝えなければいけない。そう思い込んでいたのです。

 

そのため、バタフライボードを紹介するときも、自分の言いたい事をホワイトボードに記載して、相手に説明をすると、凄くよく分かってもらえると。

 

一方で、コミュニケーションを「こちらの意図をわかりやすく説明する。」ではなく、「相手の伝えたい事を適切に理解する事。」とリデザインすると、ホワイトボードを相手に手渡して図示して貰うことこそが、コミュニケーションの本質とも言えそうです。  

 

そうです。全て「自分が・・」というのが主語になっており、「相手がどのように、何を伝えたいのか」というのを理解する軸をおろそかにしていたのです。

 

ピータードラッカーによれば、

知識ある者は、常に理解されるように努力する責任がある。素人は専門家を理解するために努力すべきであるとしたり、専門家はごく少数の専門家仲間と話ができれば十分であるなどとするのは、野卑な傲慢である。大学や研究所の内部においてさえ、残念ながら今日珍しくなくなってきているそのような風潮は、彼ら専門家自身を無益な存在とし、彼らの知識を学識から卑しむべき衒学に貶めるものである。 (『プロフェッショナルの条件』上田惇生訳/ピータードラッカー)

 

知識社会において、こちらの意図を適切に伝えることは必須スキルではありますが、相手の意図を汲み取る力、と言うのも重要な要素であると考えています。

 

近接間コミュニケーションツールであるノート型ホワイトボードを開発していることもあり、もう少しコミュニケーションを深めて勉強をしようと思い、学習をはじめたところ、下記の本がとても役に立ったので紹介します。  

 

仕事で必要な「本当のコミュニケーション能力」はどう身につければいいのか?

深いテーマが故に、まだまだ本質にはたどり着けそうもありませんが、本書はコミュニケーションを考える上でとても大事な事を教えてくれるような本でした。
 
LINE時代にいつでも誰とでも連絡ができてしまう現代では、近くにいる人とより深く適切に理解し合うには、コミュニケーションが必須のスキルと言えそうです。
 
しかし、(私もですが)誰もがそのような適切なコミュニケーションができるわけではないので、ホワイトボードでお互いの考えを可視化し合うのは、お互いを理解をする上でとても大事に思います。
 
ホワイトボードに限りませんが、お互いを理解し合い、知的社会で生き抜く上で必要なスキルやツールがあれば、引き続き研究開発を続けていきたいと思います。